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進むべき道を間違わないことが肝要なのだろう

SNSで以下の記事が紹介されていたので、読んでみました。

「早期教育は意味がない」慶応医学部教授が指摘、その理由とは

早期教育に関しては、自分自身は無用と思っていますが、何を目的とするかによっては、意味がある人(親)もいると思いますので、必ずしも否定はしていません。
上記記事の「意味がない」というのは、早くできるようになることのみでは意味がないということのようですが、そうしたことに意味を感じる人がいれば、その人にとっては意味があるのだと思います。

今回この記事を採り上げたのは早期教育について述べたいからではありません。
上記記事の表題は「早期教育・・・」ですが、主題は、早期教育の是非ではなくて、子どもの才能を見つけてあげるとよい、ということだと思ったからです。

自分のこれまでの子育ての考え方と近いものを感じました。

上記の記事には、
『親としては子どもの「出来ること」「得意なこと」を探してあげることが大切』
と書かれています。

ただ、最終的に「出来ること」「得意なこと」を見つけるのは、本人の方がよいのではないかと思います。親は、そのサポート役の方がよいのかなと思っています。

息子に関しては、得意でありかつ進む道は、小学校高学年の時に既に出会っていました。そうした機会を数多く作ったのは、親(私と妻)でしたが、それを進むべき道に決めたのは本人です。得意か否かも結局は自分で判断したと思います。

そして、大学受験でも、その得意なことを最大限に生かして負担少なく乗り切りました。
受験でも得意分野といった進むべき道を間違えないことが肝要である気がします。

親ができることは、様々な「常識」や親の好み、といったことを排除して、真に子供が得意なことを進むべき道に決定できるように環境を整えることではないかと思っています。

息子には、私自身の好みを結局押し付けたのではないか、自分のかつての夢を実現させただけのではないかという思いは、息子が高校に入った時から頭の片隅にこびりついていました。

しかし、息子は、大学でサークル活動などの大学生活も楽しみつつ、勉強というところでは妥協することなく時に幅広く、そして専門はより深く学ぶという姿勢を追い求めています。息子は、進むべき道を正しく進んできており、かつ今も進んでいるのだと思います。

そして、そうした息子の姿を見ていますと、私も間違ってはいなかったのだと思います。。今回の記事を拝見して、自分の子育ては、ベストであったと自画自賛することはないにしても、良いやり方の1つではあったのだろうと思えます。

この記事は、私自身も勇気づけてくれたと思います。
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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

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北六郷@埼玉

Author:北六郷@埼玉
旧々々名称「彩の国埼玉・準難関高への道の記憶」
旧々名称 「彩の国埼玉で公立高校生の保護者をしています」
旧々名称 「彩の国埼玉の公立高校生の保護者でした」
現行名称 「彩の国埼玉の公立高校生の保護者でしたⅡ」
子は大学生になっています。

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