無意味なことに拘るべきではない~手書き履歴書の話に思う

先々週13日ですが、日経電子版の「サイバーエージェント藤田晋氏ブログ」に、手書きの履歴書は落とすべきなのか、というものが掲載されていました。

「手書き派」が多いことに驚いたと藤田氏は書かれていましたが、確かに手書き派は多そうだと私も思います。

私自身はどちらでもいいのですが、2択であれば迷わずワープロ派に手を上げます。手書きを出せと言われれば出しますが、こだわりはありません。
ただ、手書きの履歴書にこだわりがあるようなところは、多分社風が私には合わないだろうな、と思います。

手書きへのこだわりというのが、主体的なものでなく「それが常識」とか「他所もそうやっているから」のように見えるのも、私が否定的に捉える理由の1つです。

応募側でも同じような人もいるような気がします。
さらに、「自分が苦労して手書きで出しているのに、ワープロで楽をしている奴は許せない」という発想の方もいるかもしれません。
個々の理由は様々でも、大くくりでは他人に依存した理由がこだわりになっていることが多い気がします。

受験でも他人の目や「常識」にとらわれて、無意味なこと、とまではいいませんが無用なことをしてしまっていることが結構あるのではないかと思います。

何がということはここでは申しませんが、他人がどうか、ということではなくて、自分(もしくは自分の子)にとって本当に必要なことは何か、ということを受験でもよく考えて実行したほうが良いと思います。

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北六郷@埼玉

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